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■催事実績内容 〜 2022年 〜
■月例会

 
・第188回月例会 −歴史・文化に親しむ会−
 
 テーマ: 「連歌」の読み方   〜 連歌は将棋から生まれた 〜
 日 時: 2022年 4月27日(水) 15:30〜17:00
 場 所: 大阪市立大学 文化交流センター
      大阪駅前第2ビル6階 ホール
 講 師: 光田 和伸 (みつた かずのぶ) 様
      (国文学者)

「やけに難しい」といわれる連歌についてお話し頂きました。冒頭、『連歌は「あなた(作者)の心をみせる」歌であり、「もので語る事を禁止」している。対して連句は「ものに託して心をしのばせる」いわゆるかしこさ比べの歌である。その為か連歌は男性より女性に好まれる。とにかく、おもしろくて、約35年という歳月を連歌研究に費やしてきた。』との話から始まりました。連歌とは、複数の人が長短句を交互に詠み継いでいくもので、詠み継ぐ中での「変化」を楽しみます。その為、同じ様な表現の繰り返しや、似た様なアイデアに偏る事を避けるために、ルール(式目)が設けられました。南北朝時代の公卿・二条良基が、連歌のルールについて1372年にまとめた「連歌新式」が、ほぼそのまま現在も使われているそうです。「群書類従」に収録されているので、今では誰でも通読できるが大変難しいとの事。そこで、講師は、「連歌新式」の体系を図示する方法を考案されたそうです。室町時代の連歌師・宗祇が宗匠を務めた連歌会の歌と、講師が宗匠を務めた連歌会の歌を、この図示方法を利用してそれぞれ図示した表を比較解説頂きました。その考案の効果が良くわかりました。京都・北野天満宮で催された本年三月の連歌会(講師が宗匠)の高校生の歌も紹介いただき、より連歌への興味が増した講演となりました。

 

光田 和伸 様

 

 
 

 
・第187回月例会 −歴史・文化に親しむ会−
 
 テーマ: なぜ人は仏像を造ったのか
      〜 病をとりまく信仰と文化 〜
 日 時: 2022年 3月23日(火) 15:30〜17:00
 場 所: 大阪市立大学 文化交流センター
      大阪駅前第2ビル6階 ホール
 講 師: 田中 夕子 (たなか ゆうこ) 様
     ( 佛教大学 総合研究所特別研究員 )

2018年7月以来2度目のご講演をしていただきました。
新型コロナウイルスの様な疫病は、ワクチン等の最新医療により概ね命を守ることができますが、奈良・平安時代の人々は仏教に救いを求めました。薬師如来は、衆生の病苦を除き、安楽を与える等、現世利益をもたらすもので、仏教伝来以降早い時期から信仰されたそうで、法隆寺金堂の薬師如来座像は、その光背銘に「用明天皇(聖徳太子の父)の病気平癒祈願の為、造像を発願し、607年に造られた。」と記されている。また、「聖徳太子の病気平癒を願い造られた法隆寺釈迦三尊像」等も紹介いただきました。聖武天皇は、724年即位以降、政治的な争い、度重なる遷都、旱魃・飢饉、大地震、天然痘等の疫病流行により乱れた世の安泰を願い、745年東大寺の大仏建立を開始した。時代を経ると共に病気平癒だけでなく天下安泰等を願って仏像を造り祈願するようになった様です。十一面観音の前で罪過を懺悔し、あわせて天下安泰、五穀豊穣等を祈願する東大寺二月堂のお水取りは、奈良時代末期に始まり今も続けられています。平安時代になると、仏像や経典を大量に造る・経典を写す・経典を読む事が功徳であり、病気が治り極楽往生が得られると考えられる様になったそうで、源俊房の日記「水左記」に記されている俊房やその母尊子が行った造像一万体祈願等の仏事について紹介いただきました。

 

田中 夕子 様

 

 
 

 
・第186回月例会 −歴史・文化に親しむ会−
 
 テーマ: 海や湖を泳いで島に渡ったり、市街地に出没するイノシシ
 日 時: 2022年 2月22日(火) 15:30〜17:00
 場 所: Zoomオンライン
 講 師: 高橋 春成 様
      (奈良大学名誉教授)

2011年9月以来2度目のご講演をしていただきました。
2013年の西南日本の市町村へのアンケートの結果、イノシシが泳いで渡ったと思われる島が110を超えることが判った。明治大正期に人間による開墾・開拓により、イノシシは山地部に追いやられ、生息地がかなり後退したそうです。ところが、1970年頃から米の生産調整が始まり、中山間地域の過疎化や高齢化により、田畑等が放棄されると藪地が拡がり、山地部に追いやられていたイノシシが、生息地を回復してくる。そして、湖岸や海岸付近まで生息するようになったイノシシは、泳いで周辺の島に渡った。この状況を滋賀県大津市栗原地区や琵琶湖の沖島等を例に説明いただきました。2013年のアンケートはこの状況を示している。イノシシは300m〜5km程の距離を泳ぐのは珍しくなく、最長は20kmを超えるそうだ。イノシシは山の動物と言う観念を捨て、狩猟・駆除においては周辺の島等に不用意に追い出さない事が大切だとの事。また、市街地への出没問題について、大阪泉南の小学校と周辺でイノシシに襲われケガを負った例を話され、泳ぐイノシシの背景と同じで、山から川伝いに藪地そして市街地に侵入したのだそうです。また、食べ物を与えたことから住み着いた六甲・神戸周辺での餌づけ問題も生じているそうです。地球環境と共に、今後大きな問題になる予感を感じるご講演でした。

 

高橋 春成 様

 

 
 

 
・第185回月例会 −歴史・文化に親しむ会−
 
開催を中止させていただきました。
下記ご講演は、またの機会にご講演いただける様に調整してまいります。

 
 テーマ: 日本人の心と古事記
 日 時: 1月26日(水曜日) 15:30〜17:00
 講 師: 吉村 孝史 (よしむら たかし)様
      大阪環境カンセラー協会 副理事
 
下記のお話をしていただく予定でした。
現在、日本経済新聞朝刊で連載されています、安部龍太郎の「ふりさきみれば」は、主人公阿倍仲麻呂の活躍と彼の心情が切々と伝わる小説となっております。日本とはどういう国であるかということを唐の玄宗皇帝(712 年即位)の認識を得るために辛苦する話が描かれています。当初、日本の姿が「古事記」(710年)で紹介されたのですが、それでは唐に評価されず、「日本書紀」(720年)が作成されたといわれております。本来の日本の姿は「古事記」か「日本書紀」かと、問われますが、どちらかは明白であります。ここに永年の研究の中から、日本の姿=日本人の心を分析された吉村講師のお話をお伺いしたいと思います。

 

吉村 孝史 様

 

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